エッセイ

第2章 起業

■ 警備会社のはずが、なぜだか飲食店 ■
私が会社の駐車場として借りるために契約交渉を進めていた土地が諸事情のため、交渉成立していたにも係らず不要となってしまいます。
私は土地の有効活用を考えるうちに、ここで自分が独立して女性専門の警備会社を企業しようと決心しました。
その頃ちょうど関空ができる予定でしたので、タイミングとしては今が参入のチャンスだと考え、会社に退職後も無給で引継業務を行なう事を約束に承諾を貰い、すぐに警備教育責任者の資格を取り起業準備に取り掛かりました。
こうして私の苦しくも充実した会社員時代の幕は閉じられました。
ところがその借地の前に大きな幹線道路が開通し、土地が交差点の角に位置する事を知りました。これは警備会社の事務所に使うにはもったいない!立地有りきの観点から、急遽当時遊休地を利用して大ブレイクしていたカラオケボックス事業に大きく方向転換を図ることになりました。
独立に際して、応援を約束してくれていた金融機関や工務店も快く了承して頂きました。
これをきっかけにして、私の人生はその後大きく変わっていきました。
■ 1億円の借金返済 ■
独立に際して、銀行やリース会社、建築会社が(なんと全部倒産しましたが)若干25歳の、資本もあまりない私に1億円近いローンを組んでくださったのです。
今思えばよくもそんなローン組んだものですが、晴れて独立する運びとなりました。
まだ若かった私は、その金額の重みも分からず、ましてや返せないかもしれないという不安も知りませんでした。当時の私にはそういう発想がありませんでした。
ただただ、返済することだけを目標に頑張った月日でした。
これが、飲食業に入る最初の第一歩です。
■ カラオケボックスの熱い戦い ■
なにも分からないまま業界に飛び込んだものの、取引先の機器メーカーの担当者は、約束の時間から3時間過ぎるなんて当たり前の状態で、なんてアバウトな世界なんだろうと驚きました。(今はそんな方いませんよ、もちろん)
オープン早々、泥棒に入られゲーム機のお金をそっくり盗まれ(かなりの額?)、無知な私は、何故だか?ゲーム機屋に弁償させられ(私が取った訳でもないのに)その後すぐに機械警備をお願いすることにしました。
時にはお客様同士の大乱闘なんてこともあり、警察官も二の足踏む事態(大勢いないと危険なので、踏み込めない)。
全室のエアコンを点けたらヒューズが飛んでしまうので、フロントのある1階は、冬は気温0度以下、夏は蒸し風呂状態で過酷な職場環境でした。
スタッフは全員10代のメンバーでしたが、本当に皆よく頑張ってくれました。そんな状況の中で、その後10年以上も勤めてくれたスタッフもいました。
今でも本当に感謝しています、ありがとう。